左手を失って50年。幸せだったと笑顔で語るお客様に教えられたこと

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右手

こんにちは、みんな島です。

病気になったらどうしよう〜。余命宣告されたらどうしよう〜。と考えることはありましたが、左手を失ったらどうしよう。と考えたことはありません。

あなたがもし左手を失い、50年後に自分の人生を振り返り、笑顔で幸せだったと語ることができるでしょうか?今の私には無理です。想像さえできません。

なぜ、左手を失う話になったのか、それは、あるお客様に保険の話をしたとき、逆に人生について私が学ばせてもらうことになったからです。そのお客様は、洋服を着ていても左手がないことが分かる笑顔が素敵な70代の男性でした。

もちろん最初は、左手については一切触れず保険の話に集中しましたが、次第にお客様から左手について話をしてくれるようになったんです。そのお客様の50年間の思いと左手を失うということを、本記事を通じて感じ取ってもらえれば嬉しく思います。

左手を失った経緯

お客様が左手を失ったのは1960年代後半、高度成長期の真っ只中でした。お客様が働く会社は、製造業だったので万博景気もかさなり大忙しだった。

自分の仕事は事務だったが、納期に間に合わないと大変なことになるので、会社の命令で事務の仕事は全てストップさせられ、社員全員が製造工程に入った。お客様も同僚と同じように金属加工の製造ラインに参加した。

運命の1時間30分

事務の仕事から会社の命令で製造ラインに配置変更され、1時間30分が経過したときに事件は起こった。お客様が使っていた機械が故障し1200トンの重さのブレスが左手の上にのった。

病院に運ばれるも手首より上は切断。事務の仕事から製造工程に配置変更になって、たった1時間30分後の出来事であった。

左手を失ってから職場復帰するまでの期間の短さ

私が驚いたのは退院までが1週間、職場復帰までが1か月という時間の短さだった。お客様が勤務していた会社は、一生我々がお守りしますと泣いて謝罪した。

しかし、お客様のケガの状態が良くなるにつれ雰囲気は変わり、半年後には会社の態度は180度変わっていた。

なぜか会社の態度が変わる

痛みは残るが事務の仕事はできるようになり、与えられる仕事を前向きに頑張っていた。しかし、慣れというのは怖いもので半年もすると、あれだけ泣いて謝っていた会社が冷たくなっていった。

会社がお客様を食べさせてあげているというニュアンスを発信するようになり、事件から1年後に退社した。その後、裁判になり今にいたる。

お客様は会社や上司の発言をうのみにせず、どんな状況でも自分でしっかり考えるようにと言った。私が肌で感じ、記事に取り上げた内容と似ている。

左手を失ったお客様に私が教えてもらったこと

私は、疑問に思ったことはすぐに聞いてしまう性格なので、左手を失って困ったことや苦労したことが何かを聞いてみました。

尚、営業が簡単に使える質問するときのコツは、別記事で詳しく解説しているので、試してみて下さい。

義手は痛みをともなう

まず、義手の話になりましたが、お客様は痛みをともなうのでほとんど義手をつけないそうです。しかし、冠婚葬祭のときだけは、まわりに確認をするそうです。

私はこの「まわりに確認をする」という意味がわかりませんでしたが、丁寧に説明してくれました。周りの人に不快な思いをさせないかということらしいです。

不快に感じる人がいることにビックリでしたが、まわりに配慮する姿勢に心を打たれたんです。自分がたとえどんな状況でも、周りに気を使うことの素晴らしさを教えられました。

病気やケガで障害を抱えても、周りに迷惑になるのではないかと思う姿勢に心を打たれ、人としてどうあるべきかを教えられました。

左手を失い50年たってもできないこと

長時間、話をしているとケガをした当初からの苦労話もしてくれました。そして、お客様が伝えてくれた中で1番印象に残っている言葉は、

まわりの人が私にとって大変だと思うことは案外できる。しかし、まわりの人が私でも簡単にできるだろうと思うことはなぜかできない。

というものだした。私が想像したのは、料理・包丁・トイレ・運転などだったが、全て違っていました。

時代と共に世の中は便利になり、左手がなくてもほとんどのことはできるけど、50年たった今もどうしても上手くできないことがあることも話してくれました。

左手を失って簡単そうでできなかったこと

できないこと🔴背中がかゆくても上手くかけない

🔴お風呂で背中が上手く洗えない

🔴靴ひもを結べない

🔴釣り針に餌をつけたり仕掛けは作れるが、竿を伸ばせない。

どれも私の頭の中で浮かんだこととは違います。話を聞くと、確かにと思えますが気づかなかったです。

まとめ

50年前、会社の命令に従ったために左手を失い、それでも幸せな人生だったと笑顔で話すお客様に、私は心を打たれました。

つらいこと、もどかしいこと、自分に対する嫌な感情も浴びながら50年間も過ごしておられます。それなのに、私が前向きになれる話を色々してくれた。

「自分は足の切断じゃなかったからよかった。足さえあればどこへでも行ける。手も一本あれば車も運転できるし、労災だったから今もお金を受け取っている。何の不自由もなく暮らしていける。自分はラッキーだった。あと5年、80歳まで楽しく生きる。」と笑顔でしゃべってくれました。

人が相手のことを本当に思うのなら、〇〇だろうなどの先入観が一番いけないことをお客様に教えられた。相手が本当に困っていること。困るであろうことを突き詰めないといけません。

営業の世界でもお客様の「分からない」は人によって違います。それぞれの疑問点に自分の先入観を捨て、耳を傾けていこうと改めて決意できました。

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